Tokyo modal music lab Written by Takayuki Ueda

心に響くメヴラーナ(ルーミー)の詩句と中央アジアの民族楽器ラバーブ

Rabab ラバーブ Sufism スーフィズム

こんにちはTokyo modal music labで
アフガニスタン・パキスタンのラバーブ担当のウエダです。
東京ジャーミイでのスーフィー音楽プロジェクト2022をすすめている上で学んだ詩句を演奏者の視点からメモしました。

水の流れの音と民族楽器ラバーブ

2時間波の音でゾーンに入るみたいなYoutube動画が
高いニーズを集めている事実からも、
自然の環境音が人間にとって快適な理由がわかりますね。
あらゆる命にとって、必要不可欠な水。
水の本質的な価値について、ラバーブの音色をたとえに
美しいペルシャ語の韻を踏んでメヴラーナはこのように詩っています。
以下の翻訳は勝手ながら私がつけました。

کلوخ انداختن تشنه از سر دیوار در جوی آب

How the thirsty man threw bricks from the top of the wall into the stream of water.

喉が乾いた男が、壁の上からレンガを投げ入れたبر لب جو بود دیواری بلند ** بر سر دیوار تشنه‏ی دردمند

On the bank of the stream there was a high wall, and on the top of the wall a sorrowful thirsty man.

小川のほとりに高い塀があり、その塀の上に喉の渇きに悲しむ人がいました。مانعش از آب آن دیوار بود ** از پی آب او چو ماهی زار بود

The wall hindered him from (reaching) the water; he was in distress for the water, like a fish.
壁が邪魔をして(水に)届かず、男は魚のように水を求めて苦悩していた。

ناگهان انداخت او خشتی در آب ** بانگ آب آمد به گوشش چون خطاب‏

Suddenly he threw a brick into the water: the noise of the water came to his ear like spoken words,

突然、レンガを水中に投げ入れた。水の音が、まるで話し言葉のように彼の耳に入ってきた。

چون خطاب یار شیرین لذیذ ** مست کرد آن بانگ آبش چون نبیذ

Like words spoken by a sweet and delicious friend: the noise of the water made him drunken as (though it were) wine.

甘くておいしい友人が語る言葉のように:水の音は、彼を(まるで)ワインのように酔わせた。

از صفای بانگ آب آن ممتحن ** گشت خشت انداز ز آن جا خشت‏کن‏

From the pleasure of (hearing) the noise of the water, that sorely tried man began to hurl and tear off bricks from that place.

その人は、水の音に喜んで、その場所にレンガを投げて引きはがし始めた。

آب می‏زد بانگ یعنی هی ترا ** فایده چه زین زدن خشتی مرا

The water was making a noise, that is to say, (it was crying), “Hey, what is the advantage to you of this hurling a brick at me?”
水が騒いでいた、つまり(泣いていた)。"おい、この俺にレンガを投げつけて、お前にとって何のメリットがあるんだ?"と。

تشنه گفت آیا مرا دو فایده است ** من از این صنعت ندارم هیچ دست‏
喉が渇いた男は言った、「水よ、私には二つの利点がある。私は今、これを控えることにします。The thirsty man said, “O water, I have two advantages: I will nowise refrain from this work.

فایده‏ی اول سماع بانگ آب ** کاو بود مر تشنگان را چون رباب‏The first advantage is (my) hearing the noise of the water, which to thirsty men is (melodious) as a Rubab第一の利点は、水の音が聞こえることで、喉が渇いた人にはラバーブのように(メロディアスに)聞こえる

Masnavi  2-1192 ~  2-1199

英訳を翻訳したもののなので、
真意を理解するには程遠いかもしれないですが、
専門の学者さんからのわかりやすい訳が出てくることを願います。
上のリンクから、ペルシャ語の響きを確認できます。

魂の国をみるために、踊れ

こちらの詩ではダンスや音楽にいそしむ時にとても大切な心構えや
アートの本質的な目的のようなものが述べられていると解釈できます。

رقص آنجا کن که خود را بشکنی ** پنبه را از ریش شهوت بر کنی

Dance (only) where you break (mortify) yourself and (when you) tear away the cotton from the sore of lust.

苦行のために、欲望という傷をむきだしにするために、踊れ。

رقص و جولان بر سر میدان کنند ** رقص اندر خون خود مردان کنند

(Holy) men dance and wheel on the (spiritual) battle-field: they dance in their own blood.

聖者たちは魂の戦場で、血まみれになりながら、まわり、踊る

چون رهند از دست خود دستی زنند ** چون جهند از نقص خود رقصی کنند

When they are freed from the hand (dominion) of self, they clap a hand; when they escape from their own imperfection, they make a dance.

自我の束縛から解放されると、手を叩く。自己の不完全さから脱すると、彼らは踊る。
 مطربانشان از درون دف می‌زنند ** بحرها در شورشان کف می‌زنند

From within them musicians strike the tambourine; at their ecstasy the seas burst into foam.

楽師たちは恍惚としてダフを叩き、海が裂けて泡立つ。

تو نبینی لیک بهر گوششان ** برگها بر شاخها هم کف‌زنان

You see it not, but for their ears the leaves too on the boughs are clapping hands.

目には見えない、しかし、彼らの耳には、枝の上の葉も叩いているのです。 
تو نبینی برگها را کف زدن ** گوش دل باید نه این گوش بدن 

You do not see the clapping of the leaves: one must have the spiritual ear, not this ear of the body.

この肉体の耳ではなく、魂の耳を持たなければならない。
گوش سر بر بند از هزل و دروغ ** تا ببینی شهر جان با فروغ

Close the ear of the head to jesting and lying, that you may see the resplendent city of the soul.

冗談や嘘に頭の耳を塞いで、魂の輝く都を見ることができるように。

Masnavi 3:95~101

以上もスーフィーの本に掲載していた翻訳をもとに付け足したものです。
より専門的な和訳は
こちらのサイトにも掲載されております。

仔象を食べた旅人たちの話

私のより、ずいぶん読みやすく、理解しやすいと思います。

スーフィーというと
くるくる回る舞をイメージしますが、
実はすべてのスーフィーが舞や楽器を重要視したわけではありません。
この詩句では、
技芸に集中することで、忘我の境地に達して
魂を解放することが述べられているというのが、ラバーブ演奏者として、現時点での私の解釈です。
わかりやすく解釈するとゾーンに入るに近い感覚かもしれません。
音楽や舞は精神の深い領域をめざすための、ひとつのツールとして捉えることも可能なのかもしれないです。

というわけで、引き続き
今世紀中に世界最大の人口、になるとされるイスラム圏の文化について、
スーフィー音楽プロジェクト2022を基軸に発信していきますので
ぜひぜひ、コンサートでスーフィー楽器を体験してください。
無料体験レッスンも受け付けてます😌